ワカメ

FOOD 旬の食材と日本の心 ワカメ

海に囲まれた島国日本では、古くから海藻を食してきた。なかでも「ワカメ」は、海苔や昆布と並んで私たちにとって身近な海藻だ。味噌汁に入れたり和え物に用いたりと、使い方は自由自在。しかも食物繊維やミネラルなど栄養素が豊富なうえに低カロリーなので、健康を維持するためには積極的にとり入れたい。3月から5月が旬とされる「ワカメ」の知られざる歴史や栄養素、食べ合わせのポイントについて紹介しよう。

もっとも日本人かかわりの深い海藻

地球上に存在する水の約97%が海水で、海の面積は地球全体の約71%を占める。そんな広大な海と水が育む海藻を人類は昔から食して生きてきた。特に日本の縄文人は海藻を1万年以上前から採取し、それを土器で煮炊きして食べていたという。海藻のなかでも「ワカメ」は北海道の北部と東部、そして九州の南部以南を除き日本の沿岸部に広く分布するため、人々に長く親しまれてきた。日本の「ワカメ」は種こそ同じだが、分布する地域によって形が異なり、北方型の「ナンブワカメ」、鳴門型の「ナルトワカメ」、南方型の「ワカメ」に大別される。

「ワカメ」の漢字もさまざまで、例えば平安時代の法令集『延喜式』では、若さを強調する「稚海藻」「若海藻」などの文字をあてた。また、平安時代中期につくられた辞書『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』では、「ワカメ」を「邇木米(にきめ)」「和布(わかめ)」と記し、その柔らかさを命名の由来とした。「ワカメ」は、若芽、若女にも通じるため、若返りの薬と信じられていたそうだ。

さらに、「ワカメ」は神事とのかかわりが深く、中世以降、神社や神棚に供える供物として他の海藻を圧倒していたという。現代でも関門海峡を挟む住吉神社と早鞆神社(和布刈神社)では「和布刈(めかり)神事」が旧暦の大晦日から元旦にかけて行なわれている。いずれも一握りのワカメを一鎌だけ刈り、神前に供える(住吉神社は秘祭とされ、今でも一般には非公開)。

このように日本人の生活に深く根ざしている「ワカメ」は、与謝蕪村が「草の戸や二見の若布(わかめ)貰ひけり」と詠んだように俳句や和歌の春の季語にもなっている。今は加工技術の発達により 「ワカメ」は一年中入手できるが、元来「ワカメ」がもっとも柔らかくておいしいのは3月から5月頃に刈り取られるもの。春が旬とされ、季語となった所以だ。

腸内環境を整える「ワカメ」の栄養素
腸内環境を整える「ワカメ」の栄養素

次に「ワカメ」そのものについて見ていこう。
「ワカメ」は褐藻綱コンブ目チガイソ科の海藻で、
秋から成長しはじめ暖かい時期になると枯れる一年生。
海の中でひらひら揺らめくのが葉に当たる「成葉」で、その中心にある筋のようなものが「中肋(ちゅうろく)」。この2つが主に食用となる部分だ。そして成葉と中肋の下部にある成長部が「めかぶ」で、これを細かく刻んで湯通しすると見た目にも鮮やかな緑色となる。岩に付着している部分は「仮根」と呼ぶ。仮根は、植物の根のように養分を吸収するのではなく、岩にしっかり固定するための働きをする。

「ワカメ」の栄養素で特筆すべき点は「食物繊維」含有量の多さだ。食物繊維は小腸を通って消化・吸収されずに大腸まで達する食品成分だが、「ワカメ」の乾燥重量の約40%が食物繊維で占められている。食物繊維は便秘の予防や血糖値の上昇抑制、コレステロール値の低下など、多くの機能をもつことが近年の研究で明らかになっている。そこで注目されているのが、「ワカメ」に含まれる食物繊維「セルロース」と「アルギン酸」だ。

セルロースは水に溶けない「不溶性食物繊維」で、腸内で水分を吸収して膨らみ便の量を増やすほか、腸壁を刺激して、収縮弛緩を繰り返し消化した食べ物を排出する蠕動(ぜんどう)運動を活発にする。それにより便中に含まれる有害物質を体外に排出するため、健康維持には重要な意味をもつといえるだろう。一方のアルギン酸は水に溶ける「水溶性食物繊維」で、ワカメのぬめり成分でもある。体内の余分な塩分と結び付いて体外に排出する働きがあることから、血圧上昇を抑える効果が期待される。加えてコレステロールを包んで体外に排出するコレステロール値低下作用や、腸内の善玉菌のエサとなり、腸内細菌のバランスを整えるのにも役立つといわれている。整腸作用の重要性がより一層高まるなか、食物繊維を多く含む「ワカメ」は心強い味方となるだろう。

さらに、「ワカメ」は海水に含まれる多様なミネラルを多く取り込んでおり、カルシウムやカリウム、ヨウ素などが豊富。また、野菜や果物にも匹敵するビタミン類を含み、腸で吸収されるとビタミンAに変化するカロテンも多い。このように腸内環境を整えて健康と美容に貢献する「ワカメ」は、栄養バランスに優れた食材といえるだろう。

相性のいい食材をうまく組み合わせる
相性のいい食材をうまく組み合わせる

実際に「ワカメ」を調理して食するうえで気を付けたい点がいくつかある。「ワカメ」の加工法には、昔ながらの知恵を生かしたものも多い。天日に干す「素干しワカメ」、灰をまぶして干す「灰干しワカメ」、すのこなどに薄く並べ板状に干す「板ワカメ」、生あるいは湯通しして塩に漬ける「塩蔵ワカメ」など。このうち、家庭では素干しワカメと塩蔵ワカメがよく使われている。いずれも水で戻すことになるが、そのときにあまり水に長くさらさないようにしたい。というのも、アルギン酸など水溶性の成分が溶け出してしまうからだ。また、水で戻すと「ワカメ」はかなり膨らむ。素干しワカメは8~10倍、塩蔵ワカメでも3~4倍になるので分量に気を付けよう。塩蔵ワカメの塩をしっかり取り除くには、水を何度か換えながらも素早く戻すという手際のよさが必要だ。

日本では「ワカメ」を酢の物にすることも多いがこれは理にかなった方法で、酢を用いるとカルシウムなどのミネラル類の吸収率が高まる。ただし、長時間「ワカメ」を酢に漬けておくと風味や鮮やかな緑の色味が失われるので、直前に和えるようにするとよい。

油と「ワカメ」も相性がいい。「ワカメ」に含まれるカロテン(ビタミンA)は脂溶性のビタミンなので、サラダにしてドレッシングをかけたり油で炒めたりするとカロテンの吸収率がアップする。カロテンには抗酸化作用があり、皮膚や粘膜の健康にも役立つとされているので、ぜひ試していただきたい。ワカメと合わせるならオリーブオイルはお勧めである。「ワカメ」を使ったサラダや汁ものにオリーブオイルを少し足らすだけで、風味が変わりおいしくいただける。また、ワカメの食物繊維とオリーブオイルに含まれるオレイン酸が合わさることで、腸内環境を整える効果も期待できる。

ワカメ料理
ワカメ料理

さらに味噌にも善玉菌のエサとなるオリゴ糖や抗酸化作用をもつサポニンが含まれているため、味噌と「ワカメ」の組み合わせは整腸作用に加え、若々しさを保つことにも繋がりそうだ。

注意したいのが「ワカメ」の煮すぎである。長く煮ると「ワカメ」の風味が損なわれてしまうため、味噌汁に使うときは最後に入れる、あるいはお椀に「ワカメ」を入れておいて後から味噌汁を注ぐのでもOK。

いつも食べているお米に「ワカメ」と大麦を混ぜるのもよいだろう。大麦には水溶性食物繊維のβグルカンが豊富に含まれているため、これとワカメの食物繊維が合わさることで、体内の老廃物を排出しやすくなる効果を狙いたい。

ワカメ料理
ワカメ料理
若々しく生きるカギは「ワカメ」にあり
古来、「ワカメ」は日本人の健康にも深くかかわってきた。素干しワカメのように加工して海から山間部まで運んでいたため、ヨウ素不足に陥る日本人は少なかった。ところが、他国の山間部では海産物を食べる機会が少なく、ヨウ素不足の人が多いという。しかし、そんな日本も戦後に食生活が変容し、食物繊維が豊富な「ワカメ」をはじめとする海藻類や豆類などの摂取量が減り、今や現代の多くの日本人は食物繊維が不足気味といわれている。ぜひ積極的に「ワカメ」を食べて腸内環境を整え、その名の由来のようにいつまでも若々しく健康でいたいものだ。

(参考文献)
『健康食・体になぜいいの?④ わかめ・ひじき』(NHK出版 1993)、『日本民俗大辞典』(吉川弘文館 2000)、『地域食材大百科 第5巻 魚介類, 海藻』(農山漁村文化協会 2011)、『運動・からだ図解 栄養学の基本』(マイナビ出版 2016)、『改訂新版 栄養の教科書』(新星出版社 2016)、『海藻の歴史―「食」の図書館』(原書房 2018)など

横川 仁美(よこかわ・ひとみ)

管理栄養士。食全般やダイエット、スキンケア、生活習慣病予防などを主なテーマとした福島県郡山市にある食の相談所、「smile I you」代表。その傍ら母親や子どもの健康サポートに力を入れながら、コラム執筆・監修、レシピ作成、オンラインでの食カウンセリングを中心に活動中。目の前の人の「今」、そして「これから」を大切にした食の提案を目指している。

横川 仁美