赤くて可愛らしい形に、甘酸っぱい味と香り。小さな子供からお年寄りまで、万人に愛されている「イチゴ」。クリスマスシーズンに合わせて真冬から店頭に並ぶが、本来の旬は春の日差しが降り注ぐ4月から5月にかけての時期だ。ビタミンCをはじめ、体にいい栄養素がたくさん詰まった「イチゴ」の魅力をご紹介しよう。
リンゴやナシ、サクランボなどと同じバラ科に属する「イチゴ」だが、実は野菜の一種であることをご存じだろうか。園芸学では、田畑で栽培される草木性のものは野菜、樹木に生るものが果物であり、多年草の実である「イチゴ」は、野菜に分類されるのだ。農林水産省の作物の統計調査でも、「イチゴ」は野菜という区分になっている。ただし、実際には果物と同じように食されているため「果実的野菜」と呼ばれ、青果市場では果物として扱われている。このように「イチゴ」は、見る立場によって野菜でもあり、果物でもあるのだ。
「イチゴ」の歴史は古く、ヨーロッパ、アジア一帯では縄文時代から野生の「イチゴ」が食べられていた。日本では、奈良時代(720年頃)の『日本書紀』に「伊致寐姑(いちびこ)」、平安時代(900年頃)の『新撰字鏡(しんせんじきょう)』に「一比古(いちびこ)」という表記があり、これが「イチゴ」の語源ではないかとされている。当時の野生の「イチゴ」は、味も形も今の「イチゴ」とはまったく違うものだっただろう。
イチゴが日本に伝来したのは江戸時代末期。初めは観賞用としてオランダから長崎に持ち込まれた。明治時代になるとヨーロッパやアメリカから食用の栽培品種が導入され、本格的に栽培が始まる。明治後半からは栽培が全国に拡大し、第二次世界大戦前には日本は東洋一のイチゴ生産国となった。それでも「イチゴ」は庶民には手の届かない高級品だったが、1960年代にビニールハウスによる促成栽培が普及すると、急速に生産量が拡大し、一般家庭でも楽しまれるようになっていく。
特に「イチゴ」の人気を牽引したのが、1980年代半ばに相次いで品種登録された「女峰(にょほう)」と「とよのか」だろう。甘味と酸味のバランスがよく形も整った栃木生まれの「女峰」、豊かな香りと甘さが好まれた福岡生まれの「とよのか」は、1990年代終わりまでイチゴ品種の「東西の横綱」と称された。今では世代交代が進み、「とちおとめ」や「あまおう」などが大きなシェアをもつ一方、各地で個性的な品種開発が盛んに行われ、国内のイチゴ品種の数は現在300種近くにものぼる。
ところで、ふだん果実と思って食べている赤い果肉の部分は、茎の先端の花床が肥大化した偽果(ぎか)といわれるもの。「イチゴ」の本当の果実は、表面にあるタネのようなツブツブで、種子はその中に入っている。「イチゴ」は数百個の果実が集まった「集合果」なのである。
「イチゴ」は、果物の中でもビタミンCが豊富なことで知られる。可食部100g中のビタミンC含有量は62㎎で、レモン果汁のビタミンC含有量(50㎎)よりも多い。大きめの粒なら7〜8個で1日の必要量をほぼクリアできる計算だ。ビタミンCは体内でコラーゲンを生成するのに不可欠な栄養素であり、肌の新陳代謝を高め、メラニン色素の合成を抑えるなど美肌にも期待できる。さらに、免疫力を高め風邪などの予防にも有効だ。体内では生成できないため、毎日積極的にとりたいビタミンだ。
また、「イチゴ」にはカリウムも多く含まれる。カリウムは体内の水分量を調整し、余分なナトリウムを排出するミネラルで、むくみや高血圧の予防に効果的だ。
ビタミンCやカリウムは野菜などにも含まれるが、水溶性のため茹でたり煮たりといった調理の過程で著しく減少してしまう。その点、生でそのまま丸ごと食べられる「イチゴ」は、ビタミンCやカリウムを無駄なく効率的に摂取できる非常に優秀な食材だ。
このほかにも、「イチゴ」には体にいいさまざまな栄養素が含まれている。ペクチン(水溶性食物繊維)は、ゲル状になってコレステロールの吸収を抑え、腸内環境を整えて善玉コレステロールを増やす働きがある。葉酸は、赤血球の生成に深く関係しており、動脈硬化を予防する効果も期待されている。
なお、「イチゴ」の赤い色はポリフェノールの一種・アントシアニン色素によるものだそうで、眼精疲労回復や視力低下の予防をはじめ、肝機能強化にもつながるとされている。
もう一つ注目したいのが、キシリトールだ。キシリトールは糖アルコールの一種で、砂糖と同程度の甘味がありながらカロリーは低く、また、口の中で酸に変化せず、虫歯の元となるミュータンス菌の増殖を抑えて虫歯を予防する働きが認められている。「イチゴ」にはこのキシリトールが含まれているので、食後のデザートに「イチゴ」を食べれば口の中が爽やかにスッキリとする。そうはいっても、もちろんあとの歯磨きは忘れずに。
おいしい「イチゴ」を見分けるには、まず果実全体がムラなく色づいているか、果皮にツヤとハリがあり、ツブツブがくっきりしているかをチェックしよう。先端に白や緑色が残っているものは味が落ちるので気を付けたい。また、ヘタが濃い緑色でピンと反り返っているのは鮮度が高い証拠だ。
「イチゴ」は果実の先から熟していくので、先端ほど甘味が強くなる。大きいものはヘタの側から食べ始めれば、最後まで甘さを楽しめる。また、「イチゴ」の風味や栄養価を最大限に味わいたければ、畑で摘んでその場で食べるのが一番。それほど「イチゴ」はデリケートで傷みやすいのだ。お店から買ってきたら、できるだけその日のうちに食べてしまおう。
保存する場合は、パックから取り出し、洗わずにポリ袋に平らに並べ、冷蔵庫の野菜室へ入れて2〜3日以内に食べきる。洗う時にも注意が必要で、水が表面につくとそこから劣化するので、食べる直前にさっと洗うこと。また、ビタミンCは水に流れ出やすいため、ヘタを取るのは洗ってからにしたい。
水に溶けやすく熱に弱いビタミンCを効率的にとるには、生食がおすすめだ。その際はぜひ乳製品と一緒に食べてほしい。乳製品には日本人に不足しがちな栄養素であるカルシウムが豊富に含まれており、イチゴのビタミンCが吸収率をアップしてくれるからだ。「イチゴ」に牛乳や練乳をかけて食べる人は多いが、これは栄養的にも理にかなっているといえる。乳製品の中でも、特にチーズとの相性がいい。カルシウムのみならずチーズに含まれるビタミンB12は、イチゴに含まれる葉酸と協力して赤血球を生成する。さらにビタミンCがその働きを高めてくれる。時にはイチゴとチーズのデザートピザなどを楽しんでみてはいかがだろう。
また、「イチゴ」のビタミンCは冷凍してもさほど減らないので、余った時には冷凍しておこう。凍ったままの「イチゴ」とヨーグルトをミキサーにかけてスムージーにすれば、忙しい朝の頼もしい味方に。「イチゴ」の有機酸がヨーグルトに含まれるカルシウムの吸収をサポートしてくれるとともに、乳酸菌と食物繊維の相乗効果で腸の調子もばっちり整えてくれる。
(参考文献)
『からだにおいしいフルーツの便利帳』(高橋書店 2012)、『あたらしい栄養事典』(日本文芸社 2016)、『まるごとわかるイチゴ』(誠文堂新光社 2017)、『新食品成分表』(東京法令出版 2019)、農林水産省公式HP など
前田 量子(まえだ・りょうこ)
料理家・管理栄養士。一般社団法人日本ロジカル調理協会代表理事。5年間ドイツ在住ののち、実家が寺のため精進料理を担当。4年間の保育園栄養士勤務、病院勤務を経て、4年間自分のカフェを経営したのちに料理家に転身。東京都中野区で料理教室を主宰する傍ら、企業のレシピ開発、フードコーディネート、執筆など幅広く活動。自身の幸せの記憶が子どもの頃の家庭料理だったことから、「幸せの記憶を食卓から」という思いの人々を応援している。著書に『ロジカル和食』『いいことずくめ 考えないお弁当』『ロジカル調理』(ともに主婦の友社)など。