小布施と栗の物語

 

遥かに妙高みようこう斑尾まだらお 黒姫くろひめ戸隠とがくし 飯縄いいづな の北信五岳の山並みを望む、長野県上高井郡小布施町。修景事業やオープンガーデンでも知られるまちのたたずまいは、落ち着きと風情があり、旅人を包み込むかのようである。
名物の第一は伝統の栗、そして栗を使った和洋のスイーツの数々。甘くおいしい小布施の栗の歴史にふれながら、まちの魅力をめぐってみることにしよう。

取材・文/浅原孝子 撮影/和氣 淳

江戸時代には将軍家にも献上された小布施の栗

果樹栽培が盛んな小布施町。北信濃の美しい自然の中で、栗やリンゴ、ブドウなどが栽培されている。
果樹栽培が盛んな小布施町。北信濃の美しい自然の中で、栗や
リンゴ、ブドウなどが栽培されている。

小布施町は、長野県の自治体では最も面積が小さく、役場から半径2㎞の範囲内にほとんどの集落が収まるという。それでいて、特産の栗や江戸時代の絵師・葛飾北斎かつしかほくさい  の足跡、また修景事業等の取り組みなどを通じて、知名度は全国区である。地名の由来は、千曲ちくま 川と松川の2つの川が合流する“逢う瀬”に基づくとするなど諸説ある。

小布施の玄関口、長野電鉄小布施駅。長野電鉄長野駅から約34分。
小布施の玄関口、長野電鉄小布施駅。長野電鉄長野駅から約34分。

小布施は北信濃有数の交易地として早くからにぎわい、豪農・豪商が現れ、そして彼らの招きに応じて多くの文人墨客が訪れるようになった。
江戸時代後期には、希代の天才絵師・葛飾北斎が、豪農商で文化人の髙井鴻山たかいこうざん に招かれて4度(2度という説もある)も足を運び、“小布施もの”と称される何点もの作品を描いている。小布施の開明性や文化の香りは、こうした歴史背景をもって培われてきたのだ。

髙井鴻山記念館入口で小布施を見守る髙井鴻山の銅像。
髙井鴻山記念館入口で小布施を見守る髙井鴻山の銅像。

北斎と並ぶ小布施の顔が栗である。栽培の歴史は古く、一説では室町時代、領主の荻野常倫おぎのじようりん が丹波から実を取り寄せて植えたのが始まりだという。また弘法大師が3粒の栗の実をまいたという伝承も残る。
扇状地に開けた小布施の地は、土壌は酸性で、水はけも日当たりもよく、甘くておいしい栗ができる好条件がそろっている。江戸時代には松代 まつしろ藩から将軍家への献上品となり、小布施栗の名は広く世に知られるところとなった。

小布施の栗を使った最初の栗菓子は、老舗「桜井甘精堂かんせいどう 」の初祖が1808(文化5)年に考案した栗落雁らくがん である。やがて栗・砂糖・寒天だけで作った栗ようかんが誕生、明治時代には栗粒に栗あんをからめた栗かの子も登場した。そして以後今日に至るまで続々と名菓が生まれている。

町場や農村の景観を大事にした小布施のまちづくり

小布施堂の代表取締役・市村次夫さん。
小布施堂の代表取締役・
市村次夫さん。

1960年代の
高度成長期、
若者は都会に
出るようになり、
まちはベッドタウン化
へと進み始めた。
次第に小布施らしさが
薄れてゆく状況を強く危惧した一人が、酒造業も営む
栗菓子の名店「小布施堂」の社長・市村郁夫いちむらいくお氏である。
郁夫氏は1969(昭和44)年に町長に就任すると、小布施の歴史と文化、
農業などの産業、そして住人の活力を守りながら、将来の小布施のあり方を
懸命に模索し、それを推進した。
北斎が小布施に残した天井絵や肉筆画も
「町の宝を手放すな!」と、
散逸してしまうことを防いだのだった。

郁夫氏の熱い魂は、現社長の市村次夫つぎおさんがしっかりと受け継いでいる。
次夫さんは言う。「まちづくりの目指すところは、衣食住がそこで調達でき、
あらゆる分野に達人がそろうこと。町場や農村の景観を大事にし、並行して商業活動も
活性化することが重要です」

そのためには、小布施に人を呼ぶことがとても大切だ。みんなで知恵を絞らねばならない。手立ての一つとして、小布施堂では、小布施でしか味わえない栗菓子の限定品にも力を入れている。その代表が「栗の点心 朱雀すざく」。
採れたて、蒸したての新栗をそのまま裏ごしして、栗あんの上に押し出したもので、秋季の約1ヵ月間のみ、小布施を訪れた人のみが楽しめる、口福の逸品だ。
「小布施に来ていただくためには、素材も技術も含め、最上のものを提供するということに尽きるのです」と次夫さん。ちなみに秋に来られない人には、洋風に仕立てた「モンブラン朱雀」があるので、こちらをぜひご賞味あれ。

栗菓子を楽しみながらゆったりとめぐってみよう

栗のまち・小布施らしさは、栗の小径や、栗の角材を敷き詰めた遊歩道などにもよく表れている。また、そこかしこに小布施堂、
桜井甘精堂をはじめとする
栗菓子の老舗、名店が暖簾を
掲げていて、まことに栗の
まちらしい。

清潔で気持ちのよい小布施のまち。住民みんなで、まちの品格と風情を守っていることがわかる。
清潔で気持ちのよい小布施のまち。住民みんなで、
まちの品格と風情を守っていることがわかる。

数ある人気店の一つ、ケーキと紅茶の専門店「栗の木テラス」小布施店をのぞいてみた。店内はアンティーク家具で統一され、とてもシックな趣だ。一番人気のケーキが、栗あんをベースにした「モンブラン」。オリジナルティーといっしょにいただきたい。
小布施ではこのように店ごとに独自の栗菓子があり、おなかの許す限り、栗菓子の味比べを楽しんでみてはいかがだろう。

木の感触が足にやさしい栗の角材の歩道は、たびたびの補修が必要だ。
木の感触が足にやさしい栗の角材の歩道は、たびたびの補修が必要だ。

小布施はまたミュージアムのまちでもある。北斎の肉筆画を多数所蔵する「北斎館」、現代日本画家の中島千波氏の作品を展示する「おぶせミュージアム・中島千波館」のほか、個性的なミュージアムやギャラリーがそろい、すてきな小布施時間にひたることができるだろう。

先人たちの思いを大事にし、未来の人を思って歩む、小布施の人々。小布施を愛する人々によって、まちも文化も農業も観光も、進化しながらつながれていく。

おぶせミュージアム・中島千波館は、人と地域と共存する小布施の文化拠点。
おぶせミュージアム・中島千波館は、人と地域と共存する小布施の文化拠点。

先人たちの思いを大事にし、未来の人を思って歩む、小布施の人々。小布施を愛する人々によって、まちも文化も農業も観光も、進化しながらつながれていく。

本文で紹介した栗菓子のお店

*商品の価格は税込

小布施堂 本店
小布施堂 本店
営業時間
9:00~17:00(食事11:00~15:00、
喫茶10:00~16:00)
定休日
無休
住所
長野県上高井郡小布施町小布施808
電話
026-247-2027
小布施堂 本店
さまざまな栗菓子がずらりと並ぶ。食事処、カフェも併設。
さまざまな栗菓子がずらりと並ぶ。食事処、
カフェも併設。
栗をふんだんに使った四季折々の「生栗菓子」(季節によって変わる)。324円から。
栗をふんだんに使った四季折々の「生栗菓子」
(季節によって変わる)。324円から。
栗の風味が口いっぱいに広がる「栗鹿ノ子ミニ」。486円。
栗の風味が口いっぱいに広がる
「栗鹿ノ子ミニ」。486円。
桜井甘精堂 本店
桜井甘精堂 本店
営業時間
8:30〜18:00
定休日
無休
住所
長野県上高井郡小布施町小布施774
電話
026-247-1088
営業時間
8:30〜18:00
住所
長野県上高井郡小布施町小布施774
電話
026-247-1088
定休日
無休
桜井甘精堂 本店
栗・砂糖・寒天だけで練り上げた「純栗ようかん」。1本1296円。 栗菓子のもとになる「栗ペースト」。1個1080円。
栗・砂糖・寒天だけで練り上げた
「純栗ようかん」。1本1296円。
栗菓子のもとになる
「栗ペースト」。
1個1080円。
200年以上の歴史を誇る栗菓子の老舗の店内。
200年以上の歴史を誇る栗菓子の
老舗の店内。
店内に設けられた、栗の木ひろば。栗落雁の木型など昔の道具類などが展示され、栗菓子の歴史にふれることができる。
店内に設けられた、栗の木ひろば。栗落雁の木型など昔の道具類などが展示され、栗菓子の歴史にふれるこ
とができる。
栗の木テラス 小布施店
営業時間
10:00〜18:00
(ラストオーダー17:30)
定休日
水曜日
住所
長野県上高井郡
小布施町小布施784
電話
026-247-5848
栗の木テラス 小布施店
桜井甘精堂の直営店。西洋アンティーク家具で統一した落ち着きあるインテリア。
桜井甘精堂の直営店。西洋アンティーク家具で統一した落ち着きあるインテリア。
栗の木テラス 小布施店
桜井甘精堂の直営店。西洋アンティーク家具で統一した落ち着きあるインテリア。
桜井甘精堂の直営店。
西洋アンティーク家具で統一した落ち着きあるインテリア。
栗の風味をたっぷり楽しめる一番人気の「モンブラン」。450円。
栗の風味をたっぷり楽しめる一番人気の
「モンブラン」。450円。
栗の甘露煮が丸ごと入った「マロンパイ」。1個292円。
栗の甘露煮が丸ごと入った「マロンパイ」。
1個292円。
栗あんとバターの豊かな風味が味わえる
                                        「栗のマカロン」。1個210円。
栗あんとバターの豊かな風味が味わえる
「栗のマカロン」。1個210円。
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