小鹿田焼の里に唐臼は響く

「今出来のものとは思へない。それほど手法が古く形がよく色が美しい」民藝運動を牽引した柳宗悦は小鹿田焼をこう評した。そのやきもの作りは18世紀初頭の開窯以来、ほとんど変わっていない。今も機械を使わず、川の流れを動力とした唐臼、足で回す蹴ろくろ、薪を使った登り窯で作る。
大分県日田市の北部にある山あいの小さな集落で、300年の間、一子相伝で守り伝えられてきた小鹿田焼の技術は1995年に国の重要無形文化財に登録された。やきものの原点ともいえる、制作工程をなぞりながら、小鹿田焼とともに生きる窯元に話を聞く。

小鹿田焼ができるまで

小鹿田の自然の力と人の手で生み出される小鹿田焼。その工程の一つひとつに長年培ってきた工夫が息づいている。

陶土の採取
原料となる陶土は小鹿田の集落を囲む山から窯元全員で採掘し、均等に配分する。近隣の山際にはまだまだ豊富な陶土の層がある。
唐臼による粉砕
水力を利用した唐臼で20〜30日かけてつき、細かい粒子状に砕く。唐臼は全部で40台余り。小鹿田焼は全て、この唐臼でつかれた土のみを使用する。
水抜き
濃縮した泥水を「オロ」と呼ばれる濾過層に移して水抜きする。さらに天日や窯の上で乾燥させて、やっと土ができあがる。長い工程を経て作られた土は、十分に粘りが出て成形しやすくなる。
成形
成形は足で蹴って回す蹴ろくろを使って行う。器の大きさによって、玉作り、引き作り、紐作りの3つの手法を使い分け、器を形作る。
装飾
装飾技法には化粧土を生かし、ろくろを回しながら施す「打ち刷毛目」「飛び鉋」「櫛描き」「指描き」と、釉薬により行う「打ち掛け」「流し掛け」などがある。
陶土の乾燥
採取した土は、各窯元の小屋に運び10日前後乾燥させる。
水簸(すいひ)
粒子状にした原土に水を加えて撹拌。できた泥水をふるいにかけて何度も濾し、ゴミや砂を取り除く。
土練り
ろくろで形作る前に土の中の空気を抜き、硬さを均一にするために土を練る。練る途中の形が菊の花に似ていることから「菊練り」という。
ろくろ後の天日干し
成形が終わった器は皿板にのせ、前庭で天日乾燥する。山あいで日照時間が短い小鹿田では、各部分に均等に日が当たるように、こまめに器を回す。
登り窯による焼成
薪を使った登り窯で焼成を行う。八房から成る大きな共同窯は窯詰めだけでも2日はかかる。夜明け前に焚き口から火を入れて約半日、十分に温度が上がったところで下の房から順に焚き上げていく。温度は1250℃。約56時間夜通し焚き続ける。火を止めた後、3日間ほど自然に冷まし、いよいよ窯出しとなる。
打ち刷毛目
打ち刷毛目
飛び鉋
飛び鉋
指描き
指描き

まさに“用の美”を思わせる小鹿田焼の器は、日常使いしてこそ真価を発揮。和洋中の料理が映えるだけでなく、多様なインテリアにもすんなりとなじむ。

やきものの原点に家族の原点を見る

均等に日が当たるように心を配りながら天日干しを行う慈子さん。

集落のほぼ中央にある、柳瀬晴夫窯の当主・晴夫さんと、ご家族にお話を伺った。13代目当主の晴夫さんは、半世紀以上もろくろを蹴ってきただけに、まるで息をするかのように自然に手を動かし、次々と器を形作っていく。「自分は職人」「人が使うためのものを作るのが民藝」と言い、暮らしの道具としてのやきもの作りに徹しながらも「少しでもいいものを作ってやろう」という気概が、魅力ある器を生み出す。次代当主となる予定の長男・元寿(もとひさ)さんも父の傍らで黙々とろくろを回し、すでに20年になる。

ふたりの一番の理解者である奥様の恵子さんに聞いた。
「夫はとにかくブレない人。作るものにも考え方にも芯が通っていますね。口には出しませんが、うちは柳瀬三右衛門という先祖(小鹿田焼の開祖の一人)があるから、絶対潰せないという気持ちは強いはず。デザインを勉強しに一時、福岡へ出ていた息子が戻ってきたときは正直、ほっとしましたよ。息子は無口で、何を考えているかよくわかりませんが、性格的にはやきものの仕事に向いていると思います。職人は言葉ではなく、できあがった器で表現すればいいんです」

13代当主の柳瀬晴夫さん。
13代当主の柳瀬晴夫さん。
新しいデザインに挑戦する息子の元寿さん。
新しいデザインに挑戦する息子の元寿さん。
成形した器の表面を整え、釉薬をかける恵子さん。
成形した器の表面を整え、釉薬をかける恵子さん。
右から奥様の恵子さん、当主・晴夫さん、息子の元寿さん、お嫁さんの慈子さん。
右から奥様の恵子さん、当主・晴夫さん、息子の元寿さん、お嫁さんの慈子さん。

窯元の仕事は、家族総出で行われる。3人の子育て真っ最中の元寿さんの妻・慈子(ちかこ)さんも、恵子さんに教わりながら土作りや天日干しなどをこなす。
「11歳の長男は、すでに窯元を継ぐという自覚を持っています。ただね、ちょっと困ったことに9歳の次男が『僕も継ぎたい』って言うんですよね」と慈子さんは明るく笑った。

小鹿田の集落には9軒の窯元があり、それぞれの家の技術を伝承しつつ、共同体としても心をひとつに小鹿田焼の里を守ってきた。
「みんな家族みたいなもんですからね」と言う恵子さんの言葉に気負いはない。
小鹿田の里の人々はみな、のびのびと自然体で生きている。緑の谷間に響く唐臼のリズムがそうさせるのだろうか。この音がいつまでも続くことを願ってやまない。

窯元が並ぶ「皿山地区」。
窯元が並ぶ「皿山地区」。
棚田の風景が美しい「池ノ鶴地区」。「皿山」「池ノ鶴」の両地区から成る「小鹿田焼の里」は2008年、国の重要文化的景観に選定された。
棚田の風景が美しい「池ノ鶴地区」。「皿山」「池ノ鶴」の両地区から成る「小鹿田焼の里」は2008年、国の重要文化的景観に選定された。

日田市立小鹿田焼陶芸館

江戸時代から現代に至るまでの小鹿田焼の作品を展示するほか、その歴史や特徴をわかりやすく解説。制作工程や技法、窯元の人々の暮らしぶりなどを知ることができる。

日田市立小鹿田焼陶芸館
日田市立小鹿田焼陶芸館
観覧料
無料
開館時間
9:00〜17:00
休館日
水曜日(祝日に当たる場合はその翌日)、年末年始
住所
大分県日田市源栄町138-1
電話
0973-29-2020
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