取材・文/浅原孝子 撮影/和氣 淳

六畳ひと間に病臥を余儀なくされた子規の大きな楽しみが、食べることだった。その健啖家ぶりは、最晩年の随筆や日記に見ることができる。今回は、子規が愛した名物の老舗を、子規庵界隈から2軒ご紹介しよう。
維新前年の1867(慶応3)年に生まれ、1902(明治35)年に34歳11カ月の若さで世を去った正岡子規。終の住処となった子規庵(現在の東京都台東区根岸2-5-11)での目覚ましい文学活動の日々は、不治の病と闘う過酷な日々でもあった。
六畳ひと間に病臥を余儀なくされた子規の大きな楽しみが、食べることだった。その健啖家ぶりは、最晩年の随筆や日記に見ることができる。今回は、子規が愛した名物の老舗を、子規庵界隈から2軒ご紹介しよう。



子規の大好物のひとつが羽二重団子である。最晩年の日記『仰臥漫録』の中に、「九月四日 朝曇 後晴 昨夜はよく眠る(中略)間食 芋坂団子を買来らしむ(これに付悶着あり)あん付三本焼一本を食ふ 麦湯一杯(以下略)」の一節がある。この芋坂団子が羽二重団子のことである。店が芋坂のそばにあったためだ。
1819(文政2)年、初代庄五郎が、芋坂の現在地に「藤の木茶屋」を開業し、街道往来の人々に団子を供した。「きめ細かく羽二重のようだ」と賞され、それが菓名となり、商号も『羽二重団子』となった。
同店の羽二重団子には昔ながらの生醤油の焼き団子と、渋抜き漉し餡団子の2種類の味がある。香ばしい醤油味と上品な甘さの漉し餡との絶妙な甘辛のバランスで、「両方賞味したい」と評判である。「材料の吟味、製法に、家伝に即した苦心を怠らず、今の東京に類を見ない古風な団子をご賞味いただけます」と代表取締役の澤野修一氏は語る。子規も楽しんだ餡と焼きの両方の味を是非食したい。『仰臥漫録』正岡子規(岩波書店)


『仰臥漫録』正岡子規(岩波書店)






*価格はすべて税抜き
- 住 所
- 東京都荒川区東日暮里5-54-3
- 電話番号
- 03-3891-2924
- 営業時間
-
平日9:30〜17:30(L.O.17:15)
<夏時間9月末まで、10月より17:00終了> 土日祝 10:00〜17:30(L.O.17:15)
<夏時間9月末まで、10月より17:00終了> - 定休日
- 年中無休





子規にとって笹乃雪は憧れの店だった。それは子規の文学活動を支援した新聞「日本」の社長・陸羯南に連れられて訪れた高級料理店だったからである。「叔父の欧羅巴へ赴かるゝに笹乃雪を贈り 春惜む宿や日本の豆腐汁」—明治35年、叔父がヨーロッパに旅立つ際、子規が手土産として笹乃雪の豆富を届けたことを詠んだ句である。この店の豆富は、子規の晴れの日のとっておきの逸品だったのだ。
創業は約330年前の1691(元禄4)年。初代玉屋忠兵衛が上野の宮様(百十一代後西天皇の親王)のお供をして京より江戸に移り、江戸で初めて絹ごし豆富を作り、根岸に豆富茶屋を開いたのが始まりである。宮様が「笹の上に積もりし雪の如き美しさよ」と同店の豆富を賞賛され、「笹乃雪」と名付けた。同店の豆富をいったんいただくと「笹の雪でなくてはならない」ほど恋しくなるという。
それは「豆富を天然のにがりだけで打つという工程が難しく、当店に受け継がれた技といえるでしょう」と語る11代目当主の奥村喜一郎氏。大豆の味が生きた香りと風味を持つ豆富が生まれる。当時の製法そのままに、井戸水とにがりを使用した昔ながらの豆富の味が賞味できる。是非その味をお試しあれ。




- ●生盛膾(白酢あえ)
- ●冷奴
- ●あんかけ豆富
- ●胡麻豆富
- ●揚げ物
- ●雲水(ゆばの豆乳蒸し)
- ●うずみ豆富(豆富茶漬け)
- ●デザート
3,000円(税込み)





- 住 所
- 東京都台東区根岸2-15-10
- 電話番号
- 03-3873-1145
- 営業時間
-
11:30〜20:30(予約個室は21:00)
(L.O.20:00) - 定休日
- 毎週月曜(月曜祭日の場合は火曜)




